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創業昭和27年!上大岡の不動産会社 共栄商事不動産のスタッフによるブログです(^^)
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    上大岡のレキシその2
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     さて、こないだは明るい農村だった上大岡に大きなターニングポイントが!なんてたいそうな終わり方でしたが、まぁ勘のいい方はすぐお分かりですね。鉄道開通です。

    現在の京浜急行の前身の湘南電気鉄道が1930年4月1日、上大岡駅を開業したのですね。
    といってもまだまだのどかな田園風景で、駅のすぐそばに水田が広がるのんびりとした写真が残っています。当時は無人駅でした。今の上大岡駅を考えると想像もつきませんな。

    そして上大岡から今のパサージュ上大岡(上大岡中央商店街)を抜けて久保橋を渡ったところあたりからの大久保付近は一時歓楽街ができていったらしく「ハマの箱根」と呼ばれていました。久保橋にはアーチ状に「浜の箱根」の看板がかかっていたようです。

    戦後、その歓楽街は廃れていったようですけど、上大岡のその後の発展につながっていったわけですね。
    その後「京浜百貨店」でき、今はなきダイナミック!「ダイクマ」、「富士スーパー」の1号店、東光ストア(現東急ストア)、「ダイエー」「イトーヨーカ堂」「長崎屋」などがぽこんぽこん雨後の竹の子のようにできて一大商業地へ発展してったわけです。地下鉄も開通しちゃったりしてね、あれよあれよと。
    明るい農村から近代的な商業地までその間だいたい40年。昔から上大岡を知っている人は感慨深いでしょうね。
    その後さらに再開発がありまして、また一段と変わったわけで、その辺にきますと僕も目の当たりにしてますので感慨深いっす。その再開発の話などはまたいずれ。

    僕は子供のころ富岡と杉田の間くらいに住んでいましたので、買い物とか遊びっていうと上大岡きてたんですね。とくにガキ連中があつまっていくのは、横浜じゃまだ遠くて上大岡だったなぁ。赤ぷーなんてベリーホットな場所でした。

    ということで、まだ僕自身のキャラが定まってなくてよれよれですが「上大岡歴史探訪」(いつからそんなタイトルに?)の二回目を終わります。三回目は寝てまて!

    次回は上大岡のおいしいもの探訪にしようかな。
    | 共栄商事不動産スタッフ | 上大岡の歴史 | 20:13 | comments(0) | - | - |
    上大岡のレキシその1
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    それではまずは上大岡の今昔をざーっくり書きたいと思います。
     

    昔、上大岡周辺は武蔵国久良岐(くらき)郡の上大岡村、久保村、最戸村でした。久良岐郡というのは広くて中区から金沢区くらいまであったようです。今も上大岡の東、磯子区の境のとこに久良岐公園の名前で残っていますね。
    そいでその頃は今じゃ想像もつかないけど、大岡川から広範囲に水田だったんですよ。まぁ昔むかしですから当たり前っちゃ当たり前ですけど。
     

    そして市制になってからは、横浜市中区に。その後、南区。そして昭和44年に今の港南区となるのですね。
     

    先ほども書いたように上大岡は大岡川を中心に水田と畑が広がっていました。東西の丘に家があったのでしょうな。
     

    この辺りは鎌倉道が昔からあったので、人の行き来もあったでしょう。栄通りやグリーン通りが鎌倉道だったようです。少し史跡も残っているようなので時間を作って探してここにアップしたいなと思っています。
     

    また源為朝が保元の乱で敗れたあと上大岡に落ちのびたなんて伝説もあります。源為朝といえば、弓の名手で剛勇な武者。僕も好きな歴史上の人物です。その辺も機会があったら調べたいなと。
     

    さて、そんなのどかな農村だった上大岡ですが、大きなターニングポイントが。
    それは次回のおはなしで。べんべん。

    | 共栄商事不動産スタッフ | 上大岡の歴史 | 21:52 | comments(0) | - | - |
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